2009年07月06日 18:39
こんにちは。
パリは暑い日々が続いています。
こう暑いと、とかく日常的な作業が終わりない苦役に思え、
自分の身体も思考も、いつもより重くまとわりついてくるような気になります。
こんなときは、美術館の扉をくぐり、
別世界への窓を開いてみたくなります。
ちょうど「カンディンスキー」と「ウォーホール」という、
現代の美術史を代表する二人の芸術家の展覧会が行われていたので、
今回と次回の2回にわたり、簡単に紹介してみたいと思います。
ちなみに、カンディンスキー展は、ポンピドゥー・センター、
ウォーホール展は、グラン・パレで行われています。
というわけで、ワシリー・カンディンスキーです。
上の絵(『いくつかの円』)を見ても分かるように、
彼はいわゆる「抽象絵画」の先駆者とされています。
たしかに、具体的な事物ではなく、
タイトルにもあるように、ただいくつかの「円」という抽象物が描かれています。
ここには一体、何が表現されているのでしょうか?
彼は円について、こう述べています。
1、それは、もっとも簡素な形だが、遠慮なく迫ってくる。
2、明確だが、汲みつくせないほどに変化する。
3、安定していると同時に、不安定である。
4、無音であると同時に、響きがある。
5、数え切れぬほどの緊張を内に含んだ、一つの緊張である。
これまた、すごく抽象的ですね。
彼はここで、いくつかの矛盾する言葉を並べることで、
円という形が持っているダイナミックさを表現しているのだと思います。
ようするに、円とはどうにも掴みきれない形である、と。
と同時に、円を描くということは、
この掴みがたさに形を与えることでもあるでしょう。
しかも、円が本来持つ豊かさを損なわないような形を。
それはつまり、多様に揺らめくような線を引くことではないでしょうか。
形に特定の場所や役割を与え、それを固定させるのではなく、
形を解放し、そのあるがままに任せること。
これが、カンディンスキーの探求したことではないかと思います。
彼の絵が、どこか開放的で、見ている僕らを楽しくさせるのも、
それが、僕らの日常的な感性を解き放ち、
事物を見るという行為の豊かさに立ち返らせてくれるからではないでしょうか。
今回の展覧会は、
カンディンスキーのさまざまな時代を、
彼の地理的な移動に焦点を当てつつ、再構成するもので、
一人の画家が、二つの世界大戦のさなかに、
まさに渦中のヨーロッパの中で場所を変えつつ(モスクワ、ミュンヘン、パリ・・・)、
自分のスタイルを構築していったさまが、まざまざとよみがえるようで、
ちょっと感動的でした。
もしかしたら、このような激動の時代だからこそ、
地理的あるいは時代的な制約を超えた、なにか普遍的なものを目指して、
彼は抽象絵画を作り上げていったのかもしれません。
上の絵(『青い空』)は、
教官を務めていたバウハウスがナチス・ドイツに閉鎖され、
パリ郊外に移住していた時期の作品です。
この時期に、カンディンスキーの画風は、
どこか開き直ったような、あっけらかんとしたような、
ますます楽しげで、ますます明るいものになっています。
バウハウス時代の、どこか思索的で緊張感のある絵を離れ、
まるで、色彩と形の饗宴に交わり、自らそこに身を委ねているかのようです。
しかし、見れば見るほどこの絵は、
表面上の明るさを超えて、どこか哀しげな気分を感じさせます。
とりわけ、背景に塗られた青は、謎めいた小さな生き物たちの奥で、
静かで騒々しく、安定しているようで不安定で、想像を絶する緊張感を発している・・・。
青い空。
その上ですべてが生み出され、
その上ですべてが消えていく場所。
届かない場所、底知れぬもの。
カンディンスキーが生涯にわたって追い求めたものは、
もしかしたら、いつも彼のそばにあって、彼の絵に生命を与えつつ、
彼をもっと別の表現へと駆り立てていた、この「青い空」なのかも知れません。
パリは暑い日々が続いています。
こう暑いと、とかく日常的な作業が終わりない苦役に思え、
自分の身体も思考も、いつもより重くまとわりついてくるような気になります。
こんなときは、美術館の扉をくぐり、
別世界への窓を開いてみたくなります。
ちょうど「カンディンスキー」と「ウォーホール」という、
現代の美術史を代表する二人の芸術家の展覧会が行われていたので、
今回と次回の2回にわたり、簡単に紹介してみたいと思います。
ちなみに、カンディンスキー展は、ポンピドゥー・センター、
ウォーホール展は、グラン・パレで行われています。
というわけで、ワシリー・カンディンスキーです。
上の絵(『いくつかの円』)を見ても分かるように、
彼はいわゆる「抽象絵画」の先駆者とされています。
たしかに、具体的な事物ではなく、
タイトルにもあるように、ただいくつかの「円」という抽象物が描かれています。
ここには一体、何が表現されているのでしょうか?
彼は円について、こう述べています。
1、それは、もっとも簡素な形だが、遠慮なく迫ってくる。
2、明確だが、汲みつくせないほどに変化する。
3、安定していると同時に、不安定である。
4、無音であると同時に、響きがある。
5、数え切れぬほどの緊張を内に含んだ、一つの緊張である。
これまた、すごく抽象的ですね。
彼はここで、いくつかの矛盾する言葉を並べることで、
円という形が持っているダイナミックさを表現しているのだと思います。
ようするに、円とはどうにも掴みきれない形である、と。
と同時に、円を描くということは、
この掴みがたさに形を与えることでもあるでしょう。
しかも、円が本来持つ豊かさを損なわないような形を。
それはつまり、多様に揺らめくような線を引くことではないでしょうか。
形に特定の場所や役割を与え、それを固定させるのではなく、
形を解放し、そのあるがままに任せること。
これが、カンディンスキーの探求したことではないかと思います。
彼の絵が、どこか開放的で、見ている僕らを楽しくさせるのも、
それが、僕らの日常的な感性を解き放ち、
事物を見るという行為の豊かさに立ち返らせてくれるからではないでしょうか。
今回の展覧会は、
カンディンスキーのさまざまな時代を、
彼の地理的な移動に焦点を当てつつ、再構成するもので、
一人の画家が、二つの世界大戦のさなかに、
まさに渦中のヨーロッパの中で場所を変えつつ(モスクワ、ミュンヘン、パリ・・・)、
自分のスタイルを構築していったさまが、まざまざとよみがえるようで、
ちょっと感動的でした。
もしかしたら、このような激動の時代だからこそ、
地理的あるいは時代的な制約を超えた、なにか普遍的なものを目指して、
彼は抽象絵画を作り上げていったのかもしれません。
上の絵(『青い空』)は、
教官を務めていたバウハウスがナチス・ドイツに閉鎖され、
パリ郊外に移住していた時期の作品です。
この時期に、カンディンスキーの画風は、
どこか開き直ったような、あっけらかんとしたような、
ますます楽しげで、ますます明るいものになっています。
バウハウス時代の、どこか思索的で緊張感のある絵を離れ、
まるで、色彩と形の饗宴に交わり、自らそこに身を委ねているかのようです。
しかし、見れば見るほどこの絵は、
表面上の明るさを超えて、どこか哀しげな気分を感じさせます。
とりわけ、背景に塗られた青は、謎めいた小さな生き物たちの奥で、
静かで騒々しく、安定しているようで不安定で、想像を絶する緊張感を発している・・・。
青い空。
その上ですべてが生み出され、
その上ですべてが消えていく場所。
届かない場所、底知れぬもの。
カンディンスキーが生涯にわたって追い求めたものは、
もしかしたら、いつも彼のそばにあって、彼の絵に生命を与えつつ、
彼をもっと別の表現へと駆り立てていた、この「青い空」なのかも知れません。
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コメント
Giuliani | URL | Rfe1qgRA
Re: 底知れぬもの(1)
今回のカンディンスキー展は、黒犬氏が、彼の「さまざまな時代を、彼の地理的な移動に焦点を当てつつ、再構成するもの」と述べ、あわせて、ブログに掲載の著名な二つの作品が展示されているところからすると、かなり大規模なもののようで、誠に羨ましい限りです。
さて、現在世田谷美術館で開催されている「メキシコ20世紀絵画展」の目玉は、なんといってもフリーダ・カーロの『メダリオンをつけた自画像』(1948年)でしょう。
彼女は、1910年に始まるメキシコ革命の激動期に、独特の作品を生み出しています。1939年にその個展がパリで開かれた際には、カンディンスキーも見に行って感激し、会場で「フリーダを抱きあげてキスを浴びせ」たのだそうです(『フリーダ・カーロのざわめき』新潮社:とんぼの本)。
メキシコ革命とほぼ同時期に、ロシアでも革命が進行していました。カンディンスキーは、画家のサークル「青騎士」の首班として活動していたドイツから1916年にロシアに戻ると、2年後に教育人民委員会の造形芸術・工業芸術部のメンバーとなり、1920年にはモスクワの芸術文化研究所の設立に参画したりし(2002年「カンディンスキー展」カタログの「年譜」より)、「革命の余熱さめやらぬソヴィエトの、少なくともその初期において、カンディンスキーは美術政策を主導する重要なポジションに」いたようです(江藤光紀「ロシア・アヴァンギャルドとカンディンスキーの精神的水脈」〔『水声通信』2006年2月号〕)。
このとき、ロシア革命を成功に導いた立役者の一人であるトロツキーは、共和国革命軍事会議議長(1918~25年)として、白軍との内戦において赤軍を指揮していましたが、後にメキシコに亡命、フリーダの「青の家」に間借りし、彼女と親密な関係を持つに至ります(1937年)。
安彦良和氏の『虹色のトロツキー』(中公文庫コミック)は、そんな彼を満州に招聘しようとする関東軍の謀略「トロツキー計画」を軸に、日蒙混血の青年ウムボルトを主人公として描く長編漫画です。
この作品について、今月9日に亡くなった評論家の平岡正明氏は、「まことに複雑、雄大な構図の巨編漫画」であり、「奔放な妄想による世界革命論ではないか」と絶賛しています(『昭和マンガ家伝説』〔平凡社新書、2009.3;生前最後の著書〕)。
ところで、黒犬氏は、カンディンスキーの『青い空』(1940年)につき、「謎めいた小さな生き物たち」のファンタスティックな形態に拘泥する一般的な見方を退け、むしろその背景をなす空の「青」に着目し、「静かで騒々しく、安定しているようで不安定で、想像を絶する緊張感を発している」と、「底知れぬ深さ」をそこに感じ取っていて、こうした斬新な見方には感心しました。
そして、そうであれば、その「青」は、制作の前年に勃発した第二次世界大戦の影をもあるいは受けているのではと思われ、ひいては、太平洋戦争の敗北を予感させるノモンハン事変(1939年)で斃れるウムボルト少尉が最後に見た「虹の橋」のバックをなすはずの空の色にも、もしかしたら通じるのではないでしょうか?
( 2009年07月16日 21:52 [編集] )
黒犬(管理者) | URL | -
Re: 底知れぬもの(1)
>Giulianiさん
カンディンスキーの生きた時代についての紹介、ありがとうございます。フリーダ・カーロとの関係、そして彼女を介して、トロツキーとの関係などは知らなかったので、大変興味深く読ませていただきました。
カンディンスキーの絵は、どこか浮世離れした非時代的なものに見えますが、彼自身は、激動の時代の中で、さまざまなことを感じ取り、その流れに迎合せず、その流れそのものを作品として消化していったという意味では、むしろ「反」時代的な画家だったと言えるのかもしれません。
( 2009年07月20日 15:32 [編集] )
ヴュ | URL | -
Re: 底知れぬもの(1)
お久しぶりです。いつものごとく、感嘆の念をあげつつ読ませていただきました。
個人的には、カンディンスキーの絵というと、色彩の混沌の中で黒のラインだったり黒のモティーフが浮き立って見える印象を(超漠然と)持っていたので、今度見る機会があれば是非「青」にも着目してみようと思います。カンディンスキーの中でも、地理的条件によって色のイメージ、濃度、彩度等も色々変わってるのかもしれませんね。
( 2009年07月22日 13:00 [編集] )
黒犬(管理者) | URL | -
Re: 底知れぬもの(1)
>ヴュさん
黒については、今回の企画展でも、カンディンスキーのデッサンを集めた広間があって、それらを見ていると、のちに大画面に描かれたモチーフが、小さなノートに線だけですでに十分解放されているような印象を受けたりして、彼にとって線と色彩の関係はどうなっているのか、興味が尽きなかったのを思い出しました。
それにしても、地理的条件と色彩の関係、面白い着眼点ですね。芸術作品の抽象性(美的なるもの?)と、歴史的地理的諸条件の関係は、いつかきちんと考えてみたいテーマの一つです。
( 2009年07月23日 22:08 [編集] )
ホーピーズ | URL | -
Re: 底知れぬもの(1)
カンディンスキーの絵は色もモチーフも明るく楽しげでポスターを壁に飾ったことがありました。でもその背景に想像を絶する緊張があったとは、知りませんでした.
( 2009年07月26日 14:30 [編集] )
黒犬(管理者) | URL | -
Re: 底知れぬもの(1)
>ホーピーズさん
カンディンスキーのポスター、きっと素敵だったのでしょうね。
今住んでいるアパルトマンには、ジョアン・ミロの絵が飾ってあります。
犬を連れた紳士と思われる、ちょっと抽象的な絵なのですが、やはり、背景が気になって(笑)、いつも眺め入ってしまいます。
( 2009年07月27日 23:50 [編集] )
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